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    <title>Inoue Design Lab&#039;s LogBook</title>
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    <dc:date>2012-10-14T21:26:40+09:00</dc:date>
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    <title>父と韓国へ行くプロジェクト Vol.1</title>
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	2011年秋、見えない大きな力に支えられて、沢山の壁を乗り越え、ついに父と私と弟の4人で、そろって韓国の地に立つことができました。存在すら知らなかった父側の親戚が次々に集まり、暖かく私たちを迎えてくれました。

	75年もの空白の年月を超えて、親戚が見つかっただけでも感謝すべき状況なのに、...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p>
	2011年秋、見えない大きな力に支えられて、沢山の壁を乗り越え、ついに父と私と弟の4人で、そろって韓国の地に立つことができました。存在すら知らなかった父側の親戚が次々に集まり、暖かく私たちを迎えてくれました。</p>
<p>
	75年もの空白の年月を超えて、親戚が見つかっただけでも感謝すべき状況なのに、まさか、94歳のお姉さんと生きて再会できるとは想像もしませんでした。</p>
<img alt="" src="//inouedesignlab.gjpw.net/File/brothersister.JPG" style="width: 293px; height: 220px;" /><br />
<p>
	以前から折りにふれ、父の韓国の親戚は探さないのかと聞かれたり、アドバイスしてくれる人もいましたが、第二次世界大戦前に別れたまま１度も連絡を取っていなかったそうで、父自身、実家の住所も家族の名前もうろ覚えで、そう簡単に見つかる訳がないと思っていました。また、私自身、父と上手くコミュニケーションができず、韓国がどうこう以前の状況でした。</p>
<p>
	しかし、スピリチュアルな癒しを学び、札幌に戻り「父と韓国へ行くプロジェクト」に取り組み始めて、すぐに、「偶然と幸運」が重なり、父の親戚が見つかりました。韓国はもとより、日本の大学にいるという甥やロスに移住していた妹からも父へ電話が入りました。</p>
<p>
	そこからは、急流を乗り越える勢いで、韓国渡航へむかって現実は急展開していきました。うまい具合に、家族の中で唯一渡航経験者の私がツアコンとなり、寝る暇もない１週間をやり遂げ、無事再入国して家にたどり着いた時は、たいへん疲労困憊していましたが、今までに味わった事の無い深い安堵と深い幸福感に満たされ、私のチャレンジは終わりました。</p>
<p>
	~~~~~~~~~~~~~~~~~~~</p>
<p>
	韓国旅行をやり遂げて半年以上経ち、やっと自分が何をやっていたのか整理ができてきたところです。自分の意識をはるかに超えた（ソウル）の目的を達成したことがどういう事か、私にはまだよく解っていないようですが、何か底知れない強い影響を日に日に感じています。</p>
<p>
	具体的には、2008年の春に、師事している荘司さんから高次元の意図を受け取り、このプロジェクトは始まりました。「お父さんを韓国へ帰したいという強い情熱を感じる」と聞かされて初めて、自身気づいていなかったその情熱が心の深いところにあることに気付きました。それからは居ても立ってもいられなくなり、弟と領事館へ行くと、現実も急展開し始めたのが事の始まりと思えます。</p>
<p>
	しかしそもそも何故この高次の意図を受け取ることができたのか、さらに考えているうちに、本当の始まりは2001年にスピリチュアルなワークショップに参加した時からだったに違いないという実感、結論に達しました。</p>
<div style="text-align:right"><strong><p>父と韓国へ行くプロジェクト Vol.2に続く （執筆中）</p></strong></div>

<br><br>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>父と韓国へ行くプロジェクト</dc:subject>
    <dc:date>2012-05-25T14:38:13+09:00</dc:date>
    <dc:creator>井上始子</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>井上始子</dc:rights>
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